□ 白衣の王子様
温和そうな笑顔、眼鏡の奥の優しい目。
客商売なんだから当たり前なんだけど。
白衣を着て、調剤室って書かれたガラス張りの部屋に居る時は真剣で。
そんなあなたを見るために、今日も私は薬局へ向かう。
今日も王子様のところに行くんでしょ、と同僚にからかわれながら、席を立つ昼休み。
「今日はどうしたの?」
お馴染みさんになれたから、店に足を踏み入れるなりかけられる言葉はもう敬語じゃない。
「えーっと……」
わざとじゃ、ないんだけど。
昨日は階段を5段ほど落ちて足を捻挫、一昨日はハサミで自分の皮膚をきって、今日は。
「風邪、ひいちゃったみたいで…」
だって、エアコンがすごく効いてて寒いのに、長袖持ってくるの忘れちゃったんだもん。
言いながらくしゃみをひとつ。そしたら笑われた。
「すごいよね、ここんとこ毎日だもんね。よくそういろいろ起きるよね」
呆れてるかもしれませんが、繰り返しますが、わざとじゃあないんです。
あなたに会いたいけれど、話もしたいけれど、だからって。
まさか無意識にやってんのかなあって、ちょっと悩んだりもしたけど、違うの。
少なくとも週に1回は何らかの失敗で、ちょこっとの怪我とかしちゃうんだよねえ、ドジだから。
それなら薬とかバンソウコウとか常備してりゃあいいのに、折角買っても毎回家に忘れてくるんだよねえ。
そんな生活が始まってもうそろそろ半年経つけど、確かに、ここのところはちょっと、続きすぎ。
「ひき始めだよね?じゃあ、これにしときなよ」
差し出されたのはドリンク剤。栄養ドリンクじゃなくて、風邪用の飲み薬。
「これって、甘くないんでしょう?」
ドリンク剤は甘ったるすぎて苦手だけど、苦いのも駄目なんだ。飲むのはためらわれる。
「でも効くよ」
その笑顔には、弱い。
ギリッとキャップをひねって、腰に手を当てそうな勢いで、小さな瓶の中身を一気に飲んだ。
「おー、すごい飲みっぷり」
苦っ。
それだけで済めばよかったのに、しっかりむせて咳き込んじゃった。
「あー、大丈夫?」
俯いて咳を繰り返しながら、滲んできた涙を拭う。大丈夫ですって言おうとしてまた咳が出てしまう。
「そんなに急いで飲むことないのに」
穏かな声が近くなった。
背中に触れてくる暖かい感触。さすってくれてる、大きなてのひら。
「あのね、もっとゆっくりしていっていいからね」
少し笑ってる声がまた近づいてくる。
「怪我も病気も何にもなくても、毎日来てくれていいからね」
やっと咳がおさまって顔を上げたら、すぐ目の前に、大好きな笑顔がある。
「……どうして?」
「だって、毎日無事を確認しないと、不安になっちゃうから」
頬が熱いのは風邪のせいだ。多分、熱が出てきたんだ。
口の中がものすごく苦いまんまなのに、甘いお菓子を食べた後みたいな幸せな気分とか。
すぐ側にある笑顔とか。
熱のせいでちょっとおかしいんだ。
「僕の見てないところで、あんまり怪我とかして心配させないでくれると嬉しい」
まだ背中にあったてのひらが、また優しく背中を撫でていく。
風邪をひいても幸せって、何かおかしいけど、でも、いいや。
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