□ 白衣の王子様
text / index

白衣の王子様 index
/ 1 / 2 / 3

 温和そうな笑顔、眼鏡の奥の優しい目。
 客商売なんだから当たり前なんだけど。
 白衣を着て、調剤室って書かれたガラス張りの部屋に居る時は真剣で。
 そんなあなたを見るために、今日も私は薬局へ向かう。
 今日も王子様のところに行くんでしょ、と同僚にからかわれながら、席を立つ昼休み。
「今日はどうしたの?」
 お馴染みさんになれたから、店に足を踏み入れるなりかけられる言葉はもう敬語じゃない。
「えーっと……」
 わざとじゃ、ないんだけど。
 昨日は階段を5段ほど落ちて足を捻挫、一昨日はハサミで自分の皮膚をきって、今日は。
「風邪、ひいちゃったみたいで…」
 だって、エアコンがすごく効いてて寒いのに、長袖持ってくるの忘れちゃったんだもん。
 言いながらくしゃみをひとつ。そしたら笑われた。
「すごいよね、ここんとこ毎日だもんね。よくそういろいろ起きるよね」
 呆れてるかもしれませんが、繰り返しますが、わざとじゃあないんです。
 あなたに会いたいけれど、話もしたいけれど、だからって。
 まさか無意識にやってんのかなあって、ちょっと悩んだりもしたけど、違うの。
 少なくとも週に1回は何らかの失敗で、ちょこっとの怪我とかしちゃうんだよねえ、ドジだから。
 それなら薬とかバンソウコウとか常備してりゃあいいのに、折角買っても毎回家に忘れてくるんだよねえ。
 そんな生活が始まってもうそろそろ半年経つけど、確かに、ここのところはちょっと、続きすぎ。
「ひき始めだよね?じゃあ、これにしときなよ」
 差し出されたのはドリンク剤。栄養ドリンクじゃなくて、風邪用の飲み薬。
「これって、甘くないんでしょう?」
 ドリンク剤は甘ったるすぎて苦手だけど、苦いのも駄目なんだ。飲むのはためらわれる。
「でも効くよ」
 その笑顔には、弱い。
 ギリッとキャップをひねって、腰に手を当てそうな勢いで、小さな瓶の中身を一気に飲んだ。
「おー、すごい飲みっぷり」
 苦っ。
 それだけで済めばよかったのに、しっかりむせて咳き込んじゃった。
「あー、大丈夫?」
 俯いて咳を繰り返しながら、滲んできた涙を拭う。大丈夫ですって言おうとしてまた咳が出てしまう。
「そんなに急いで飲むことないのに」
 穏かな声が近くなった。
 背中に触れてくる暖かい感触。さすってくれてる、大きなてのひら。
「あのね、もっとゆっくりしていっていいからね」
 少し笑ってる声がまた近づいてくる。
「怪我も病気も何にもなくても、毎日来てくれていいからね」
 やっと咳がおさまって顔を上げたら、すぐ目の前に、大好きな笑顔がある。
「……どうして?」
「だって、毎日無事を確認しないと、不安になっちゃうから」
 頬が熱いのは風邪のせいだ。多分、熱が出てきたんだ。
 口の中がものすごく苦いまんまなのに、甘いお菓子を食べた後みたいな幸せな気分とか。
 すぐ側にある笑顔とか。
 熱のせいでちょっとおかしいんだ。
「僕の見てないところで、あんまり怪我とかして心配させないでくれると嬉しい」
 まだ背中にあったてのひらが、また優しく背中を撫でていく。
 風邪をひいても幸せって、何かおかしいけど、でも、いいや。


next

白衣の王子様 index
/ 1 / 2 / 3

text / index