□ 冬季限定 1
十一月中旬
「付き合おう、冬季限定で」
そんなことを真顔で言う目の前の男に、私は呆気に取られてしまった。
男。年齢不詳、多分二十代。夜のシフトで週に一回だけ一緒になる人。
普段はおちゃらけてるし、馬鹿なことばっかり言ってるから、私は自然と距離を取っていた。だから、初めて会ってから一ヶ月以上経ってもほとんど会話したこともない。
「何でまた、冬季限定?」
当然の疑問。それよりもっと先に、何で私?と聞くべきだったかもしれない。
いくら暇な大学生に見えるとはいえ、遊んでみたくなるほどそそられる容姿ではないことくらい、自分でもよく分かっているし、冬休みの間だけのバイトだし。
「俺、春になったら溶けちゃうから」
そう言って笑った。もうさっきまでの真面目な表情は跡形もなく消えてしまってる。それが少しだけ惜しかった。
「そういうの、私相手に言ったところで面白くも何ともないでしょうに」
知ってるから。私が何て呼ばれてるか。いい大学に入って、勉強ばっかりして、いい会社に入ることにしか面白みを見出せなさそうな、お堅い、お高く止まってる女。
当たってる。確かにそうだもの。苦労して勉強して、奨学金もらって入った大学だから、勉強しないと勿体無いもの。他のことを気にしてる余裕なんかないし。
そんな女に遊びやからかいの対象としての面白みを、この男は見出したとでもいうのか。
「真面目だから、面白い必要はないし」
にっこり笑う。
魂胆は見えない。笑顔なのに隙がない。
「嫌です」
「まあまあ、そう言わずに」
そこまでは笑顔だったくせに。
「頼むよ」
そこから真顔になった。惜しいと思ったのを見透かされてるのかとドキッとしてしまう。
「一人暮らしなんでしょう?」
それに何の意味があるっていうのか。
「俺が住み込みっぽく転がり込んでも誰も怒らないってことだよね?」
狙いが見えない。だって、笑ってない。
「春になる前には出て行くから、約束するから」
怖いくらいに、痛いくらいに、真剣な顔つき。
遊びのつもりなのか、からかわれているのか、それとも本当に真剣だっていうのか。判断できない。
この時に気づいておくべきだった。始めから、彼氏なんて存在が私にはいるはずがないっていう態度だったことに。
そしたら、堂々と怒ってやれたのに。
そしたら。
がっかりせずにすんだのに。
春なんか二度と来ないでと、祈るような毎日を送らないですんだのに。
知らずに済んだはずだった。
目の前の、唐突に付き合おうとか期限を切って言ってきたこの男が実は高校三年生で受験を控えてたこととか。
遠い地域の大学を受けることを親に反対されてて、安全な避難場所を探してたこととか。
避難場所に家庭教師がくっついてくるなら手っ取り早いと思ったこととか。
そんなこと、知らないままでよかったのに。
バイトを終えて、部屋に帰る前に立ち寄ったコンビニ。
冬季限定のチョコレート。春になれば、常温ではとろけてしまう、柔らかな口当たりのお菓子。
私の方だ、春になれば溶けて消えるのは。
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