□ 過ぎる夏 13
13.ずるいと言われても
「ヨリ戻してんじゃないの!」
休み時間に一緒にいる私と佐藤を見て、昼食を食べに行くという名目で学食へ連れて行かれ、女の子達に取り囲まれた。
「よ、ヨリって……」
戻すも何も、付き合ってたわけじゃないんだけど、私達。
「合コンの時も、佐藤くん来ちゃうし、佐藤くんてば佐保ちゃんガードするみたいだったし!」
ガード、って。普通に喋ってただけだし。会話の内容も、世間話みたいなもんだったし。
「どーなってんの?」
と、言われても。
「いつも通り、ってことやと思うんやけど……」
興味津々って眼差しが複数。多勢に無勢、四面楚歌。そういう言葉が頭に浮かんでしまう。
「佐保ちゃんのこと、いいなーって言ってた子もいたけどね」
それは、お世辞だと思うけどなあ。みんな、それぞれちゃんと仲良くやってたはずだし。
「佐藤が相手じゃ勝ち目ない、って言ってた」
そう言いながら、その言葉のすぐ後で「その子、私と付き合うことになったのー!」とか言っちゃったら、それはもうノロケだと思うんだけど。
「と、とにかく」
このままだと、付き合ってるって話にされてしまう。そういうんじゃ、ない。
「佐藤とあたしは、付き合ってるんとちゃうから。親しい友人です」
きっぱり言っておかないと、えらい目にあう。
そう思ったけど、無駄かもしれない、とどこかでわかってもいた。
これは好きとか嫌いとか、恋とか愛とか、そういうもんじゃないんだって!と私が言えば言うほど、そういうもんだと思われてしまうものなんだと思う。
それに、そういうもんじゃない、と言えるほど、私が恋愛感情に詳しいわけでもないということも、よくわかってた。
佐藤のことを友達だと言った。頭に『親しい』とつけた。嘘じゃない。けど、その言葉が正しいのか、的確なのか、その判断は、自分ではできてない。
恋をしたことがないので、自分の感情の正体がわかりません。これが恋なんでしょうか?
それならまだわかるんだけど、いくら何でも、そういうわけじゃない。
好きな人ならいた。中学の頃。一つ上の先輩。委員会で一緒になって、たまに話をするぐらいだったけど、あれは確かに恋だった。今思い出してもそう思う。
ただ、一言でも話をした日は一日中何だかいい気分で、そうじゃなくても、ただ淡い思いが胸にあるだけで、毎日がふわふわと柔らかくて楽しい色をしていたように思う。
告白なんかできなかったし、遠くから見てて憧れてるだけだったし、先輩は外部の高校に進学していったから、それっきり。
その後会うこともなかったし、今どうしているのかも知らない。知りたいと思うこともない。淡い思いはゆるやかに消えていって、今はもう私の心にはないから。
佐藤に抱く感情は、違う。
佐藤のキス。
嫌じゃなかった。でも、混乱して動揺した。
佐藤に抱く感情は、淡くもないし、楽しくもない。ゆるやかに消えていきそうでもない。
大きくて、重くて、自分では扱いきれない。
そんなものが恋なんだろうか。私にはわからない。
きっかけや理由がどうであれ、今佐藤は私が好きだという。それはもう、誰が何を言おうと確かなことなんだろう。
でも、私は?
私の気持ちは?
佐藤の気持ちをはっきりわかれば、答えがでるもんなんじゃないかとどこかで思ってた。でも違った。
佐藤と私の感情は別のもので、全く別の話だ。
佐藤は、私の気持ちがどうであれ、私を好き、だろう。
私は、佐藤の気持ちがどうであれ、佐藤を……どうなんだろう。
こんなこと、佐藤に好きだと言われるまでは考えたことなかった。その時は、私にとって佐藤は本当にただの友達だったんだろう。
今は違う。それだけはわかる。
「佐保ーさっきの講義のノート写さして」
佐藤が私を呼ぶ声。私の日常に組み込まれている、当たり前のこと。周りから見ても、見慣れた光景のはずだ。
今まで通り。
佐藤が私に好きだと言う以前と、何も変わらない様子。同じような態度。
想像していたように、佐藤は私に何もなかったように接してくる。過剰に触れたりも、好きだと言ったりも、もうしない。
隠し通せてる。掴めない。佐藤はそんなところまで綺麗に隠してしまってる。本当に何もないみたいに。
それが大変なことなのかどうか、想像してみることはできても理解はできない。本当はもう私のことは好きじゃなくなった、と言われたら、そうなんだろうなあ、とすんなり思えてしまう。
癖のない、習字の手本みたいな綺麗な字。紙の上を同じようにシャープペンシルを滑らせて書いているはずの字なのに、佐藤の字は私より綺麗だ。
講義の間私が真剣に取ったノートを写した佐藤が、試験では私より高得点を簡単に叩き出す。
そういうことに、わずかとはいえ嫉妬してきたのは、出会った頃からのことで、別に昨日今日始まったわけじゃない。
そういう気持ちとは切り離したところで私が佐藤に抱いている感情。その正体はわからない。
「……さっきから、何?」
考え込みながら、私は佐藤の顔をじーっと眺めていた。それに気づいた佐藤が顔を上げた。少しだけ困ったような表情。
「佐藤って、睫毛長いよねえ。俯いてると、顔に陰が映るんよ」
「へ?」
唐突な話だと自分でも思った。思ったままを口に出しただけだけど。
「少女漫画の主人公みたい」
「……それって、女の子みたい、てこと?」
「そうは言うてへんけど。マッチ棒乗りそうやねえ。半分分けて欲しい」
そう言ったら、佐藤は苦笑いした。
普通に接してくれる佐藤を責める資格は私にはないはずなのに、淋しいような、残念なような気持ちが確かにある。
でも、今まで通りで、平穏で、ずっとこのままがいい。そういう気持ちの方が、どうも強い。
「じゃあさ、佐藤に彼女ができても、変わらずに親しく友達付き合いしてくれるなら、それでいいってことなの?」
すすったラーメンを吹き出しそうになる絶妙なタイミングで、ちょっと鋭い口調で言われた。
お昼を一緒に食べてると、「佐保ちゃんと佐藤って、どうなってんの?」と聞かれてしまう毎日が続いていて、その度に私は正直に「普通に親しいお友達」と答えていた。
今日はその言葉では引き下がらなかった。根掘り葉掘り聞かれて一通り答えたら、言われてしまった。
「そうじゃないんじゃないの?」
鋭さを増した言葉が続く。こっちが言葉を挟む余裕もなく、また次の言葉が飛んでくる。容赦なく。
「ちょっとずるいなあって、私なんかは思っちゃうけどね」
ずるい、という発想が、これまでなかった。よく考えれば、落ちついてみれば、当たり前の発想だと今更気づく。言われてみて初めて。
「佐保ちゃんはさ、佐藤に好かれて嫌ってわけじゃないんでしょ。自分を好きでいて欲しいって気持ちも、どっかにあるんでしょ。それなのに自分は佐藤を好きかどうか、わからないとか言ってはっきりさせてないんでしょ?」
言われたとおりだった。
「それでもいいって佐藤が言うんなら、それでいいんだろうけどさ、つらいと思うよ。好きじゃないならそうはっきり言ってもらえないと、次にも進めないしさ」
次に進む。すぐには無理だ、と佐藤が言ってた。けど、時間が経てば。
「佐保ちゃんは、頭いいくせに、そういう要領は全然悪いからねえ。後から後悔しないようにね」
言われた時の私は、相当ひどい表情をしていたらしい。慌てて付け加えられる。
「何にも、急かしてるんじゃないよ?ただ、考え過ぎてて手遅れになっても知らないよってこと。何事も程々に、よ」
なだめるようにそう言われて、情けなくなってくる。自分があまりにもお子様で。
佐藤には隠せない。いつもと様子が違う、と簡単に言い当てられてしまう。
佐藤に問い詰められれば、私は簡単に話してしまう。
私から聞き出した佐藤は、「なんや、そんなこと気にしてんのか」と言った。
「それでも俺は佐保が好きで、側にいたいって思うんやから、しゃあないんや。せやから、そんでええんや」
そう言う佐藤に迷いはないように見える。
「何も、佐保が焦る必要なんかないやろ?」
佐藤は穏かに笑う。
そりゃあ、そうだろう。私が焦るのはおかしい。佐藤が焦ってないなら、余計におかしい。
私は佐藤を友達だと思っているはず。だけど、やっぱり私は、言われたとおり、どこかで思ってる。佐藤に自分を好きでいて欲しいと。
「それとも、俺は佐保のことずっと好きでおってええんか?」
息を飲む。その言葉が含んでる意味に辿り着いた時、私は確かに嬉しいと思った、そのことに。
「佐保の負担になりたないんやけど。好きになって欲しいとか期待してやのうて、ただ好きでいてるだけでも、佐保は困るんちゃうかと思て」
「ようわからんねんけど……」
黙り込んだ私の言葉の続きを、佐藤は急かしたりしないでじっと待ってる。
「困ってはないよ」
佐藤は一瞬だけわずかに目を大きく見開いた。
「……俺、結構しぶといで」
そう言って、一瞬だけですぐにいつもの表情に戻ってしまったけど。
佐藤は気持ちを綺麗に隠してしまえる。私には、できない。
結局私は、佐藤には敵うものがない。どこまで行っても負けっぱなしかもしれない。
悔しいと思う気持ちとは別に存在する気持ちがあるんだと、実感していた。
ずるいと言われても離したくない気持ち。
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